ひとり陰湿

自分のいない世界

20歳位のとき、自転車に乗って車に追突したことがある。なんで自転車で車に追突できたかというと、その車は止まっていたからだ。なんで止まっている車に突っ込んだかというと、その日は雨が降っていて、服を濡らすのが嫌で、さらに傘をかなり前に傾けて差していたので、前が見えなかったからだ。なんだそりゃ、と思うだろうけど、自分では足元の歩道と車道を分けるラインから外れなければ、ぶつかるはずないと思い込んでいたのだ(道もよく知っているし)。それとたとえぶつかったとしても、痛いな、位で済むと思っていた。

想定外だったのは駐車をする車もあるということと、思っていた以上に自分がスピードを出していたことだ。おかげでぶつかると同時に体が前に吹っ飛び、顔面でリアガラスをぶち破ってしまった。ワゴン車だったので、すぐ目の前にリアガラスがあったのだ。アゴがパックリ割れ、かなりの血がでた。それでどうしたかというと、とりあえず、服も濡れたし家に帰るか、と来た道を引き返した。実はそのときは気が動転していたのか、血が出ているのは分かったけれど鏡もなかったので、鼻血が出たんだと思っていた。さらに、自分が派手にリアガラスをぶち破ったことにも気付かず、あまり痛みも感じず、家まで自転車を押して帰った。自転車も壊れてタイヤがまともに動かなくなっていたのだ。

そして家で鏡を見て初めて顔中血だらけなことに気付いた。すぐにこれは医者に言って縫ってもらわなきゃいけないな、と思い、保険証を持って病院まで歩いて行った。あいにく家には誰もいなかったし、救急車を呼ぶなん大げさだし、タクシーなんてそんな発想すらなかった。でもこれが裏目に出た。変に冷静だったせいで、普通の外来と同じ扱いになり、滴る血に気を遣いながら悠長に診察券を作らされる羽目になってしまった。

なんだかんだでまあ無事に手当してもらい、そのあとお巡りさんに怒られ(逃げたと思われていた)車の持ち主にも謝った。それでようやく結構派手な事故を起こしたことがわかった。なんで気付かなかったをを考えてみると、実際にぶつかる瞬間の記憶が飛んでいたのだ。ガラスを破ったんだから結構大きな音や衝撃があったはずだ。でも記憶があるのは自転車の前輪が車のリアバンパーにぶつかり、体が前にもっていかれるところまでで、あとはやれやれ、帰るか、と体を起こすところまで記憶が飛ぶ。その抜け落ちた時間がどれくらいかもわからない。

どう考えても、全くの空白が生じていたことがわかると、ぞっとした。意識のなかったいくらかの時間、確実に自分はこの世に存在していなかったのだ。たかが、数秒気を失ったくらいで何を言ってるんだ、と思うかも知れない。自分でもそう思う。でも、自分がこの世に存在しなかったと、感じずにはいられないのだ。そして自分が存在しないあいだも、世界は変わらず存在していた。当たり前のことだけど、それがすごくショックだった。自分が生きていても、死んでいてもこの世界にとっては全く関係のないことなのだ。つまり自分は世界でなんら特別な存在ではなく、ただの平凡なひとりの人間に過ぎないんだと悟った。

(2009年1月01日更新)

by 太田ルイージ

コメントを書く

名前:

コメント(500文字まで):